工業晶析の研究は古くから行われているが、化学工学的なアプローチで行われるようになったのは1960年代からといえるだろう。豊倉賢先生(現早稲田大学名誉教授)は、化学工学会、分離技術会、海水学会などに晶析に関するグループを形成する中心となった方で、最後に設立したのが晶析分科会である。各グループは、それぞれ特色をもって設立されたが、工業晶析を実装置に応用するための研究をするという点で共通し、そのメンバーも重複しているから、その差を見出すのは難しいかもしれない。そこで、当分科会の設立の背景から現在の状況を以下に簡単にまとめてみる。

晶析装置設計理論を中心とした活動

当分科会は、企業技術者の会という特性から、「実際に工業的に応用できる知識」と「世界の最新の晶析情報」を中心に据えて「設計理論を若手に継承する」ことを初期のコンセプトとしてスタートした。晶析装置設計理論には、複数の体系があるが、当分科会では、豊倉先生のCFC理論と設計線図法を取り上げることとした。粒径分布のある固体、すなわち粉粒体をビルドアップする方法として、「晶析」は工業的に優れた単位操作である。しかし、晶析装置内では、複数の晶析現象が同時に進行し、過飽和度を推進力とする(すなわち非平衡状態)ため、当時の化学工学的なアプローチでは合理的な設計は難しいものと考えられていた。晶析装置設計理論とは、晶析装置内現象を考慮した、スケールアップ(またはスケールダウン)の方法である。

設計線図(デザインチャート)
現象が複雑な分だけ、その関係式も複雑となり、1970年代においては、図解法がしばしば用いられたものである。そこで設計線図を用いることが提案された。晶析装置内の個数収支と物質収支のみに着目すると、結晶粒径分布と物質収支の関係は、5因子(線成長速度、核発生速度、生産速度、装置内懸濁密度及び粒径分布)と2相関式で整理される。因子間の関係をノモグラフにまとめたものが設計線図である。この設計線図は、多くの実装置の設計、操作条件設定に利用されていて、分科会幹事会社の大型晶析装置のスケールアップに活用されている。

シミュレーションソフトウエア
パソコンの性能向上により、もはや図解法よりも表計算ソフトウエアを用いた方法が容易となったので、当分科会では、1998年の第2回分科会で提案した後、意見交換を行ってきた。多くの会員から設計理論だけでなく、ノウハウをデータベース化することが必要との指摘があり、それらの結果をまとめて、2003年に開催された専門講座において、表計算ソフトウエアのアドイン(ver.2.0)を配布した。2005年の専門講座では、さらにMSMPR型晶析装置のシミュレーションなどを加えたアドイン(ver.3.11)を配布している。

晶析手帳
これまでの分科会では、多くの工業的な事例がトピックスとして報告されてきた。それらは、成功事例(時として失敗事例も含む)としてデータベース化することが望ましいものである。そこで、2005年度には、晶析手帳2006年度版を作成し、参加者が分科会配布資料をファイリングする仕組みを提案した。晶析手帳とは、リングバインダで、参加者は必要とするリーフレットだけを保管することができ、分科会は配布する資料のリビジョンなどを管理するための標準である。

晶析現象について
ここでは少々冗長ではあるが、晶析について携わったことがない方々やこれから取り組もうと考えている方々のために、晶析現象についてまとめておく。晶析装置内の現象で最も重要なものは、核発生と成長である。
固体が液体中で安定であるには、固体の界面エネルギーと化学ポテンシャルがつりあう粒径、すなわち臨界粒径よりも大きくなければならない。溶液が過飽和状態になるということは、溶液中に臨界粒径以下の固体が存在していることに他ならない。臨界粒径は溶質と溶媒によって異なるが、一般的にいって、難溶性物質は小さく、易溶性物質は大きいから、相対過飽和度は、難溶性物質は大、易溶性は小となる。

核発生現象
核発生現象は、大きく分けて、一次核発生と二次核発生である。
1次核発生とは、過飽和度溶液から自発的に核が発生する現象である。例えば溶液を冷却し、結晶が出現する現象であるが、結晶が懸濁していても、部分的に過飽和度が大きくなると1次核発生することがある。
2次核発生とは、懸濁する結晶に起因する核発生現象で、結晶が攪拌翼に強打されることで生じた破片が核となる場合や、槽壁や結晶と接触した場合などがある。また、結晶は一見単結晶に見えても、複数の微結晶が規則的に集合している場合があり、その一部が表面から破片が剥離することも2次核となる場合がある。
核発生は、結晶の比表面積を大きくするので、単位容積当たりの生産速度を大きくする望ましい現象であるが、粗大結晶を得たいときには過剰に発生した核を除去する必要がある。例えば、分級脚や溶解槽を用いることもあるが、これらの微結晶を結晶表面に付着させることで除去できる場合もあり、その場合は見掛けの成長速度が大となる効果がある。なお、このとき残った核を有効核と呼び、装置設計では、有効核の発生速度を必要としている。

成長現象
結晶成長は、結晶表面で一様に起こることよりも、特定の結晶面や部分で起こることのほうが一般的である。結晶の成長する単位が、分子(または原子)であれば、成長メカニズムは表面集積過程が支配的であるが、微小核の取り込みや発熱があると、拡散移動過程も重要である。同じ特性を持った結晶を製造したい場合、成長速度を大きく変えることができないので、成長速度は、装置設計にとって重要な情報である。

その他の現象
成長した結晶は、溶液の状態によって凝集したり、攪拌によって破砕することもあるから、装置内現象が複雑であることはいうまでもない。
結晶構造をX線回折法で評価すると、同一の溶液から複数の結晶構造の結晶が得られる場合があり、これを多形と呼ぶ。特に、分子量が400前後の立体構造を持った分子で、多形による粒子特性に差がある場合には注意が必要となる。

粉体工学への期待
このように、晶析現象は複雑であるが、粉体工学では既に多くの科学的知見を提供しているものと考えている。例えば、凝集や破砕に関する理論を晶析現象の解明に適用することは、すぐに役立つように思われる。また、分子シミュレーションによる現象の表現は、晶析装置のシミュレーションにおける動力学的パラメータとして取り込めるものと期待している。
晶析は、単位操作でありその体系化の途上にあるものと考えている。その中には、晶析を利用する立場からの評価を加えて、より利用しやすいものとしたいものである。

粉体工業との協力
粉体工業では、晶析プロセスが多く利用され、重要な単位操作となっている。
製薬業
医薬品の多くは錠剤で、成分は固相で特に安定性の高い結晶であることが望ましいとのことである。結晶の構造によって、溶解速度、崩壊性など医薬品の特性が変化することがあり、複数の結晶構造をもつ多形の場合、結晶構造を制御する必要がある。工業晶析装置内の現象が解明され制御できれば、特定の結晶構造の粒子を効率よく生産できることが期待される。

セラミックス工業
セラミックスは、特定の構造に、原子を配置することで特性を発揮する固体構造を持つ。溶液中の反応の過程を制御した晶析操作は、まだ未解明のところが多く、今後の研究が望まれている。

化学工業
化学工業では、工業晶析で、安定した特性を持つ結晶を作ることが行われてきたが、さらに高度な制御により、差別化することが望まれている。また、化学工業でも多形の問題が多く取り上げられるようになってきている。

粉体装置製造業
晶析装置の前後には、多くの粉体装置を必要としている。製品が粉体の場合であれば、固液分離装置、乾燥機、粉砕機などが必要なことがあり、晶析装置で製造される結晶の特性を知ることはこれらの粉体装置を適切に設計する上で重要な情報であると思う。また、晶析装置を設計するときには、固液分離装置で分離できる結晶スラリーとする必要があるが、固液分離装置の性能が高ければ、粒径を小さくするなどして生産速度を高めることも可能となる。